not enough

この時代に期待のfunky show

「腐売り」が嫌いな話。

 


私は腐女子です。別に隠してません。リアルでも特に隠しません。もちろん苦手な方もいますから自ら言うことはありません。同志なら大体気付くし、話してたらなんとなくわかるものです。そうではない人に、そうなの?と聞かれれば、そうだよと答えます。不快感のある人はそれ以上詮索しないし、良くも悪くも興味がある人は色々と聞いてきます。でも大概はある程度で引く。それでいいんです、そういう世界だから。


とある方のブログを読みました。担当は好きだけど、担当のホモ売りが嫌で降りざるを得ない、と。

ハッとしました。中学生でこの世界に踏み込んだ私は、それより先に好きだったジャニーズという男の子の世界にいたせいで、相乗効果的にその世界へと倍速で染まっていきました。それからは所謂『腐ィルター』なしでは見れないようになっているので(意識的に外すことはできても通常は無意識的にかかっている)、そこに不快感を抱くことなどなかった。ちょっと過剰かな?と感じる演出はあれど、そこに不快な思いや気持ち悪さを感じることがなかった。だけどそれが原因で大好きな担当を見ることができない人がいるなんて。そんな酷なことってあるのか。興味を引くための、場内を沸かせたいがためのその演出に失望されてしまうって、本末転倒甚だしい。


私がBL*1を好きになったころ、もちろん本来なら今もですが、この類のことをおおっぴらにすることは今よりもっとタブーだったように思います。特に三次元(所謂ナマモノ)に関してはもっと厳しかったのに、今は緩すぎる。だから腐売りなんて売り方が生まれたんじゃないかと思います。

その方は「私がその世界についていけなかっただけ」といったようなことを書いていらっしゃったけど、そうじゃないと思います。元来この手の話を公でしないようにするのは、主様のように、それを見て不快に思う方が大半だからです。LGBTに偏見があるのではなく、あくまで「BL」が苦手だというのも理解できます。だから検索避けと何重にもかけた鍵を使ってひっそりとサイトを運営し、RPS用の鍵付きアカウントを作って年齢がわかるように申請してもらい、限られた同志だけで楽しめるようにするのが常識でありマナーだと思っていました。だけど最近ではあちこちでそういう演出がなされる。公式が意図的に制作されたらもうどうしようもない。しかもそれをライブでそれをされるとなると、避けられるSNSや誌面とは違いたしかに逃げ場がない。そういう類が苦手な人にとっては、ライブを楽しんでいたはずの気持ちが一気に冷めてしまうのも分かります。


だから私も腐売りは嫌いです。特にジャニーズのそれは本当に不快。

これはあくまで私個人の意見であり全腐女子に共通するわけではないというのを前置きしておきますが、そもそも「腐売り」というものが私にとっては邪魔です。作られた「腐」なんて欲してない。「腐ィルター」を持っているオタクは勝手にそのフィルターを通して彼らを見ているし、そのことは小さなコミュニティーで共感してくれる人がいればいい。BLが欲しい人は“そうじゃないこと”から“そういうこと”に勝手に変換するんだから放っておいてほしいんです。たしかに、美少年が艶めかしく絡めば場内は沸きます。でもその大半は、その子たちが本当に恋人同士ですというカミングアウトをしたり、実際そういう噂のある俳優と週刊誌に載ったりすれば、きっと引くんです。もしかしたら同志でも引く人がいるかもしれないけど。でもそれくらい個人差があって、あくまで付加価値的なコンテンツなんです。だから公式が意図的に供給しなくてもいいんです。供給がなさすぎて干からびるのは、それはそれでこの嗜好に浸る者の運命だし、先述の通り勝手にフィルターを通して勝手に頭の中で完結させるし、そのほとんどが自給自足できる人種です(個人的意見です)。

少なくとも私にとっては、ピンスポの下AくんとBくんが落ちサビで見つめ合い指を絡ませるより、曲が始まる前の暗転したステージでCくんがDくんにノールックでマイクを渡す瞬間の方がキャー!案件なんです。たとえAくんが担当でCくんとDくんが犬猿だったとしてもです*2。だからなにも公式がその類を推すことはないんです、そうじゃなくたってファンは増えるし、ジャニヲタはそういうことしなくても離れませんから。むしろそのことで件のブログ主様のように泣く泣く担当や担当グループから目をそむける人が少なからずいると思うんです。その方が問題です。

同じ落ちサビの演出だとしても、二人が熱っぽく見つめ合いながらお互いの頬をなぞるのと、ほんの一瞬手をがっちり組んでほんの一瞬見つめ合い同じフレーズを歌うだけで照れ笑いしてしまうのとじゃ、後者の方が「腐ィルター」を持つ人と持たない人の両方が穏やかに(ある意味では穏やかではないけれど)その場面を見ることができるんです。過剰な演出は双方が得をしないんです。たしかに需要はあることだけど、それが全体の需要ではないことも運営や本人たちに分かってほしい。8割に需要があっても、2割に需要がないことを全体に供給することはないと思います。アイドル市場でマイノリティーに合わせてしまうのはよくないのかもしれないけど、本当はそれだけデリケートな問題だと思います。


件の主様のブログを読んで、本当に悲しくなりました。嫌だなーに留まらず見ることもやめてしまう方がいるなんて。ある意味で担当に罪はないし、ある意味では担当にも罪がある。最も、メンバー含めてそういう風潮がよくないと思いますが。たしかに彼を好きでいる以上最近の過度なキャラ位置(ホモもそうだけどいじられすぎとか)が嫌だって人もよく聞くし、昔はイコールおもしろいキャラだったけど最近は役者も楽器も強くなってきてるんだし、もうそういうのなくてもいいんじゃない?って思うけどなぁ。ともあれ、全くの他人ながらもあの主様がまた担当の活躍を楽しく観れるようになってほしいなあと願うばかりです。

 

 

*1:こう呼ぶのは好きじゃないし全然関係ないエゴサに引っ掛かりたくもないんですけど、便宜上こう表記します

*2:それはそれで至高っていう性癖の話は今は置いておいて