not enough

この時代に期待のfunky show

おめでとう、10歳。

 


自担とは関係ないおめでとうが続きますがどちらも私のジャニヲタ史の中でコアになるものなのでお許しください。


Hey! Say! JUMPさん、10周年おめでとう。

JUMPに属する知念くんを自担と呼んだ約10年間、改めてこんなふうにお祝いついでに言葉を連ねることって、お誕生日以外になかった気がする。そもそも結成日とかデビュー日とか多すぎて何を祝えばいいかわかんなくていつも無視してたってのが本音ですけどね。けども10周年っていう節目だし、みんな24日をお祝いしているので私もそれに便乗するよ。

この記事をどこかでエゴサしたメンバーに見られないといいな。オタクの敏感な話題もすぐ口にできる最年長に気付かれませんように。最近過激なマジレッサーに気付かれませんように。

 


もう10年か、早いなぁ。てっきりHey! Say! 7というグループがそのまま続くんだと思ってたから同じような名前で(しかもそのグループの中に7は入っていて)デビューだというから驚いた。というかわけがわからなかった。てかHey! Say!ってなんだよ。そんなに気に入ったんか社長。いちいち書くのも打つのもめちゃくちゃめんどくさいよ。とかどうでもいいことばっかり思ってて、大好きな知念くんがデビューだワーイくらいにしか考えてなかった、あのころと同じ知念くんと同じ13歳の私。

よく考えれば知念くんだって13歳だったんだよね、あの頃。もちろん山田もゆうてぃも圭人も。薮くんでさえまだ高校生なんだっけ。私たちだってわけわかんなかったんだもん、本人もわけわかんなくて当然だ。グループに所属したことのない知念くんがそこにいることが私には本当に不思議で、Ya-Ya-Yahはもちろん*1さしてJr.に詳しくない私ですらJJは知ってたし、今思えば知念くんがそこにいるのって本当に奇跡じゃない?って思ってる。当時ジャニヲタ歴も浅かったし今みたいに情報収集能力もなかったからそんなに一大事に感じてなかったけど、今考えればものすごいことだったんじゃないの。

だって考えてもみてくれ。BESTは全員公式グループにいた。やぶひかはいまだに「ヤーヤーヤーの人」って言われるレベルだし。山田は詳しく知らないけど(ごめんよ、やま)私が知るのはKittyJr.だけどJJって書かれることもあったと記憶してる。ゆうてぃは言わずもがな知名度があったし、龍ちゃんとともに一応JJだった記憶だし、wikiだとTap Kids名義でもあった。圭人は完全にお父さんのアレ(ごめんよ、圭人)。JJ組の選考理由は謎だとしても、知念くん以外は話題性と納得の理由があった。だからそもそも旧Hey! Say! 7に選出された時点でわりと疑問だった。若干の活動はあったけどどこまで有名じゃなかったと思うんだよな、ジャニショの写真もそんなになかったし。プレゾンやストレンヂアは旧7に選出される前から決まってたお仕事なのかな。それを鑑みてもやっぱり疑問。けど中学生だった私はさして深堀することもせず(必要なく)知念くんが好きだから嬉しい、で生きてた。

もし今のジュニアに例えるなら、SnowManからいわふか、トラジャから宮近先生とあしゃぴとのえ、KINGからしょぉとPrinceから岸くん、そこに海ちゃん、が合わさって急にデビューします!みたいなもんでしょ?(すごいテキトーな選出だけから他意はないよ!)公式グループを解体してそこから選出したメンバーと無所から選んだ人を合わせるっていうことでいうと、感覚としては同じでしょ?やばくない?そりゃ荒れるわ。当時いわゆる「夜亜・特急問題」*2においては蚊帳の外だった知念担だけど、今あげた例みたいなことが今起きたらえげつないことになるよね。世が世なら戦だよね。


そんな中に放られた知念くん(と圭人もなんだけど今回は元自担ということで知念くんに焦点を当てさせてくれな)。どうしてここに選出されたんだろう?結論からいうと、わからない。でも何かしら社長の目に光って見えるものがあったんだよね、当時の知念くんに。

私が知念くんを知ったのは旧7のデビュー直前で、雑誌の切り抜きに一目惚れだったから、知念くんのジュニアとしての活躍なんてこれっぽっちも知らなかった。というか好きになるにはそれは必要なかった。ケンイチ氏だってことも後に知った(全然知らずに普通に劇場へ見に行ってた)。しかしそもそもそんなになかったんだよね、知念くんがジュニアとしてしていたお仕事って。調べていても過去の映像が全くといっていいほどない。そのせいで知念くんと知念くんパパの逆立ちを何万回と見た*3。何回か出てるはずの少クラでも声はほとんど聞こえないし、回ってるだけだ。唯一の持ち歌(?)Please×3の大事な大事なソロパート「甘い夢に誘うよ」も、大我が歌ってて知念くんが後ろにいた回もあったような覚えがある。Carnival★ガンニバルにどうして知念くんはいないの?って思ってたし。

きっと静岡に住んでたからいなかったんだろうし、でも東京に住めなかったのは小学生だったからで仕方なくて、大人の事情も色々あったんだよねきっと。そんな中突然デビューメンバーとして召集されて、それぞれがそれぞれと絆があるせいで壁があっただろう集団の中で、よくここまで居てくれたなって。改めて10年もそこに居続けてくれてありがとうって思うよ。

 


正直、デビューからしばらくHey! Say! JUMPが好きじゃなかった。というかハッキリと嫌いだった。今で言うアンリー?というやつなのか。別に他メン下げをしていたわけじゃないけど、知念くんさえいればいいし、知念くんさえ見れればよかった。今も基本推ししか見ないマンだけどそれとはまた違って、ハッキリと、他のメンバーとかグループそのものがどうでもよかった。特にライブのMCで毎度同じ話をされるのがウンザリで、しかもその内容は全部宣伝(ドラマですとかDVD出ますとか)。誰かが話してる時マイク外してコソコソ話してるし(特に右端ね!!!)おもしろい話も結局身内ネタだから客席はおいてけぼり。曲もなんか、なんかダサい。そして知念くんのパートは増えない。全部不満だった。あとJUMP担が嫌いだったのも大きいかもしれない。つなぎとか、MC中の奇声とか、文字打ちのダサさとか(笑)。つなぎは花冠に変わり、「○○涼介」「○○侑李」みたいな意味不明な4連が流行り、もう全部がウンザリだった。知念くんの事は少しも変わらず、ずっと好きだったけど。

それがやっと、Hey! Say! JUMP全部が好きになれたなぁと感じたのは、奇しくもsmartくらいなんだよね。これが本当に奇しくもって感じで、同時に気持ちが冷めてった。今考えると冷めたというよりは昇華されたのかなって思う。今でこそ内弁慶で箱庭なJUMPを可愛いと愛でる人が増えたけど、当時はそれが本当に嫌で、嫌悪感しかなかった。その打破を感じたのがsmartだった。近くの席で多ステして、ファンサが貰えないと満足して会場を後にできなかったのに、最後列で何も起きないたった1回の公演が楽しかったなぁって思えた。初めてこのアルバムを聞いた時、あれ?って思ったのも覚えてる。全然変わったって体感があった。1曲目(FOREVER)からガンガンに攻めてるし、Come back…?とRELOADとか絶対好きなやつじゃん…ってなった。明らかにそれまでとは違うJUMPになってて、コンサートでもそれを実際に感じて、それでやっとJUMPに対する嫌悪感が昇華されていったのかもしれない。

それから後のコンサートには参加してないし映像も見たことないから、もしかしたらまた内弁慶な箱庭じゃんぷちゃんに戻ってるかもしれないけど。でも私がずっと歌ってほしかった無限大系、5×10系の曲(伝われ)を歌えるようになったJUMPはやっぱり私が嫌いだったHey! Say! JUMPではなくなってるんだろうなぁと思う。

 


JUMPが嫌いだったおかげ(せい)でFCに入るのも遅くて、ここでもまたひと悶着あるんだけどこれは私と相方の問題で、一人で根に持ってるだけなので割愛。だけど、みんなが口をそろえてあれ以上のコンサートはないと叫ぶ伝説の未映像化ツアー・天国コンに1回も入れていないことを私は一生根に持つし、知念担として(というかJUMP担として)どんなに現場の数が増えてもあのコンサートを見ていないというだけで恥ずかしい気持ちになった。

それでもできるだけ場数を増やして、できる限り入ってきたけど、今思えばこんなことになるならもっと遠征すればよかったって思う。もっともっと、二人の絡みをこの目に焼き付けておけばよかったって。10人での最後のツアーだった勇気魂、ジェントルズの時メンステの端っこでアルプス一万尺をしていた二人を見れてよかった(主役の光のこと1秒も見なくてごめんな…)。あれ、国際センターでしてくれてありがとう。両部ともクソみたいな席だったけどあれだけですべての気持ちが昇華されたよ。

願わくば二人の絡みを、ゆうやとのちちくりあいを、お兄ちゃん達にいじられる最年少を、もっともっと見たかった。龍ちゃんは間違いなく必要なメンバーだったよ。何が苦しかったのか、何がそうさせたのか、誰にも言えなかったんだと思うとこっちが苦しかった。JUNONも読んでて苦しかった。そういう形で去ることになるメンバーが二度と戻ってこないことはよく知ってた、でもあの時とは思い入れが違いすぎて分かってても信じてた。もう吹っ切れてるけどね。今の龍ちゃんのこと見たくないって人もけっこう多いけど、私はアイドルの森本龍太郎というよりただ生意気でガキんちょな龍ちゃんが可愛くて好きだったから、今好きなことをしてのびのびといろんな活動してる龍ちゃんの姿が見れること、けっこう嬉しいです。たまにインスタライブ見てるけど、根本は変わらないように感じてる。相変わらずしゃべり方が生意気で、ハタチ超えてこれだからまあちょっとイライラはするけど、これが突然しおらしくなっててもなんか嫌だしね。今の龍ちゃんについてきてくれたファンを大切にさえしてくれれば。これからは辛くなったら変な道に逸れずに今の仲間に相談するんだぞ。もうファンや仲間を失望させちゃだめだよ。

 

そんな渦中でのSUMMERYと同じくらい、彼らの歴史を語る中で初演のJohnny’s WORLDは欠かせない。…んだけど実は通算1公演しか入ってないから特に語れない*4。今考えても、もっと入るべきだったなぁと後悔するわけだけど。当時前例がないその取り組みに驚いたし地方住みということを心底恨んだ。いくら気持ちが帝国劇場に向かっていてもお金と体は限界がある。それでも1度、誕生日のその日に、あんなに休演が続出した舞台を欠員なしに観劇できたことは喜ばしいことだったよ。ドセンで見たWhere my heart belongs、本当に素晴らしかった。*5知念くんの出番が少ないって、知念くんのソロパートが少ないって、そんなふうに妬んでたあの頃がウソみたいに、知念くんが帝国劇場のステージで舞ってた。それだけで最高の誕生日プレゼントだった。余談として、1公演しか入れなかったことはそこまでもう後悔してないんだけど、ただひとつ、私が入る数公演前から森光子コーナーができたことで知念くんの忠臣蔵?を見れなかったことだけが心の残り。もっと早いうちから通っておけばよかった…。

 

 

はてなブログの「ジャニーズ」カテゴリでJUMPの10周年を祝ってる記事をいくつか読んだ。ほとんどの人がここ数年で好きになったと書いていて驚いた。私と入れ違うようにして好きになった人がたくさんいるんだなと、人の感性は本当にさまざまなんだなと。だって自分が冷めたタイミングでそのグループに熱を持った人がこんなにいるなんて不思議じゃない?これは誰にでも当てはまることだけどさ。でもそれって当たり前のことで、その時熱を失った人って、対象の「それまで」と「今」を比べて「今」に冷めてしまうわけで、逆にその時熱をあげた人は違う対象の「それまで」と目の前の対象の「今」を比べて目の前の対象の「今」に熱くなっていて、切り取るところが違うからなんだよね。だから例えば私がじょうくんの「今」を見て熱くなっている傍らで、「それまで」も知っている人は「今」に冷めてしまったりしているのかもしれない。それが繰り返されるからオタクはオタクを辞められないし、そのためにジャニーズJr.は絶えず増え続けるし、デビュー組は常に新しい何かに取り組んでる。ジャニーズってめんどくさくてすごいなぁ。


上に書いたように、私が読んだ10周年おめでとうブログのほとんどが「まだ○年分の彼らしか知らないけど…」という記事だったから、デビューのころの話とか書いてる人あんまりいなかったなぁと思ったので、逆にここ数年の彼らを知らない(デビューから数年分しか知らない)私がむしろ今更何を思うのかというのを書いてみた。

デビュー当時を改めて思い返してみて思ったのは、あんなふうにグループが生まれたのが10年前でよかったということですね。SNSが発達して、オタク全体としてのスキルが各々向上し、逃避できる他ジャンルも発達し*6、頭のいい拗らせたオタクが増えたこの時代に、デビューを待つグループが乱立する中で既存グループからの抜粋によるグループ解体を伴ったポっと出のバレーサポーターデビューなんて、多分軽い一揆とか起きる。サイバーテロとか起きるよ。

 


あの頃は本当にこのグループが10年も続くなんて思ってなかった。私たちが見た苦い顔も、見えなかった苦い思いも、たくさん抱えながらここまで続けてきてくれてありがとう。Hey! Say! JUMP、10周年おめでとう。

 

 

 

*1:日曜の朝はハロモニからのヤーヤーヤーという世代

*2:Ya-Ya-Yah(ヤー→夜亜)とJJ(Express→特急)の時代から知らない新規お断り!みたいな風潮

*3:わかる人にはわかる

*4:ちなみにSUMMERYも超絶冷め期で1度も入ったことがなかった

*5:後日、山田担だった相方に「何回か見るまで知念くんが踊ってるの知らなかった」と言われて激おこだった。

*6:K-POPLDH、スタダ、若俳界隈など