not enough

欲しがって ケモノになって

担降りして1年が経った話。

めちゃくちゃ久しぶりに書き始めたけど、何を書くか全然決めてません。ただ、担降りして1年経つので久しぶりに更新してみようかと思い書き始めた所存です。

ところですばるくんの件から4ヶ月更新していないにも関わらず8月に入って2週間もしない間にPVが1000を超えていて驚いてるんですけど、なんでですか?(知らない)誰か晒しました?

 

 


藤原丈一郎くんに担降りして1年が経ちました。結論を先に述べますと、とても楽しい1年でした!最高でした!担降りしたことに全く後悔はありません!全部胸を張って言えます。そしてきっとこれからも毎年、同じことをその都度思わせてくれると思います。

それもすべて、じょうくん本人が2017年後半から2018年前半にかけて、そして2018年秋にかけても常に頑張り続けてくれているからです。常に私のアイドルでいてくれてありがとう。これからもよろしくお願いします。


更新していない間にいろんなことがありました。私自身は、春松竹はお留守番でしたが御園座にも1度お邪魔しました。じょうくんにはその歌舞伎の発表もあったり、ラジオがあったり、夏の松竹が決まって、タイヨウのうたへの出演でとうとう秋もオンシーズンか~!とか思ってたら関ジュとしての梅芸も決まり、嬉しいやら(財布が)寂しいやら。今年も本当に怒涛のような下半期になりますね。幸せなことです。

喜ばしいことに私はコンスタントにじょうくんのステージを見ることができています。本当にありがたい。そしてじょうくんはその都度私に驚きと感動をくれる。ちょっと大げさな言い方かもしれないけど、滝沢歌舞伎のじょうくんを見たときに本当にそう思ったので、そのことをちょっと書くことにしようかと。

 

 


私が入ったのは前楽公演で、私にとっては最初で最後の滝沢歌舞伎2018でした。

そもそも「滝沢歌舞伎」がどんなものかもほとんど知らなかったし、演舞城とか革命とか、タッキーの作る舞台を見に行ったこともなかった。だからそのショー自体に圧倒されたのがまずひとつ。
本当に全然内容を知らなかったのでもっと「歌舞伎」的なものだと勝手に思っていました。どうしても白塗りのイメージがあったし。タッキーの義経のイメージもあったし。けど見てみたら全然違った。めちゃくちゃエンターテイメントショーだった。この解釈が合ってるのかはわからないけど、純粋に楽しかったんだと受け取ってください。白塗りのままあんなに長いことしゃべると思ってなかったし(しかも私の入った回はいつもより多めに喋っていたらしい)、白塗りしてる隣で1曲披露されるとも思ってなかったし(しかもめちゃめちゃかっこいい曲)、コントが盛り込まれているなんて聞いてないし(鼠小僧)。とにかくいい意味でたくさん裏切られました。やっぱりタッキーはすごい。そして健ちゃんもすごい。
そんな伝統の舞台にじょうくんがいることが不思議な感覚でした。本当に自分はなんてタイミングでこの人に降りたのかと。じょうくんに降りなければこの舞台に出会うこともなかった。この舞台に立つじょうくんや大橋くんやリチャを見ることもなかった。もしかしたらジャニフワの時みたいに思い立って観に行ったかもしれないけど、名古屋だからその可能性も低い。やっぱりこのタイミングでじょうくんがじょうくんに私を降りさせてくれたからこの舞台を見ることができたんだなって。純粋に感動しました。

 


そしてじょうくん。「滝沢歌舞伎」の一座の中のじょうくんは、やっぱり最高でした。わかっていたけど。わかっていたけど、最高でした。そして改めて気づかされました。私はこの人が好きなんだと。この人を応援したいんだと。この人だから応援してるんだと。

立ち位置はもちろん西にいるときよりずっと後ろで、埋もれてて、正直何回も見失いました。そこだけは悔しかった。どこにいても「あれがじょうくんだ」とわかる動きがじょうくんの持ち味なのに、それに気づけない自分というか、自担なのに…みたいな。オタクの身勝手な落ち込みです。けど今考えれば、それはじょうくんなりの何かだったのかもしれないですね。あの舞台では、目立つことよりも協調性の方が大事だったはずで、むしろ私が見つけられなかったことは正解だったのかもしれない。…と、思うようにしている。

 

その分最高だったのはダントツで逆転ラバーズです。先に行った人たちから「逆ラバは最高だぞ」と聞いていたのでそもそもワクワクしていたわけで、この舞台中唯一「アイドル藤原丈一郎」を垣間見れる瞬間はここだけだろうと思っていたのですごく楽しみでした。じょうくんはそんな私のワクワクを余裕で超えていくドキドキワクワクをくれました。あの一瞬で。

逆ラバが始まった瞬間別人みたいに顔つきが変わってた。いやむしろ逆ラバ以外が別人の、よそいき顔なのか。びっくりするくらいイキイキとしていて、びっくりするくらいいつもの藤原丈一郎だった。誤解のないように言いますが、決して、逆ラバ以外の場面がイキイキしていないわけじゃありません。けどそこまでのじょうくんはこちらが「元気がないのかな?」と思うくらい藤原抑え気味一郎でした。だからもう、これでもか!!ってくらいアイドル全開のじょうくんが最高で最強で。本当に曲が始まって動き出した瞬間からアイドルリミッター全開なんですよ。立ち位置はいつもよりずっと後ろでずっと端で、久しぶりにあんなところにいるじょうくんを見た気がするのに、じょうくんは全っ然変わってなかった。にっこにこのキレッキレ。そんなじょうくんを見て、自然と笑顔になって、そして思い出しました。私が好きなのはこの藤原丈一郎だったなーって。どんな場所でも一番キラキラしていて、どんな場所でも見つけられるようなじょうくんだから好きになったんだ、って改めて気づかされました。

 

思い出したんですよ、初めてじょうくんを意識して見たときのこと。もう6年前。バックの一人とかじゃなくて「あれが藤原丈一郎くんだ、見よう」と思って見た初めてのステージ。そしてあの時も私は同じことを思ってたんですよ。楽しそうに踊る姿を見て、自分が自然と笑顔になってることに気付いて、「あ、これがアイドルのあるべき姿だ」って。それを思い出した。あの時じょうくんを見ながら、知念くん(当時の自担)を見る時そういえば真顔だなって思い返してたんですよ。あーこの人(当時のじょうくん)応援すればこんな気持ちになれるのか、こんな気持ちになるのが本来の応援の仕方だろって。嘘みたいだけどあの時本当にそう思ったことを思い出して。6年の時を経て、その子が自担になり、あの頃より大きな舞台で、あの頃と同じじょうくんをそこに見て、同じ気持ちになっていたんですよ。私は。それに気づいたとき泣きそうだった。

だって正直じょうくんが今みたいに引っ張りだこになってるのって本当に自分が降りてからの話だし、私の中でも別に「真ん中の人」とかフロントのイメージはなかったし。降りた時も、これからもいるのかいないのか悩みながらいろんな人の現場入るんかなーとかぼんやり思ってたし。まあそれは今も変わってないけど、まさか自分の地元に主演舞台で来てくれたり毎週声が聞けるようになったりするなんて思ってもみなかった。今となっては、そんな人気者の自担すごい!誇り!ってなるけど、別にそうじゃなくたって、後ろの方で踊ってたって好きだったと思う。というかそんなじょうくんしか知らないけどそんなじょうくんを好きだったしそんなじょうくんのイメージのまま降りた。私はやっぱり「アイドル・藤原丈一郎」が好きだ!って、逆ラバを見て思いました。そしてじょうくんの根底のスタンスは何も変わっていないんだろうなって。変わってなきゃいけないこともたくさんあって、きっとちゃんと変わっているんだろうけど、根っこにあるものは変わらずいてくれてるのかなって、思います。

 

 


じょうくんって最高だなあってつくづく思います。(とんでもない自担惚気)1年経ってもちゃんと、降りてよかったって思えるじょうくんって最高だなって。この1年、じょうくんの夢が叶うところをたくさん見てきた。5年以内にじょうくんが自分で自分に叶えてほしかった目標も、年内に叶えたかった目標も、残すところあと1つ。こんなに有言実行できる人間いる?!って感じなんですけど。なにより「有言実行」というところがすごくて、叶うかわからない目標も堂々と言葉にして発信してくれるところがすごい。秋の梅芸、きっとあるであろう冬の松竹座。すべての目標達成のための舞台は揃っている。また1つ新たにじょうくんの夢が叶う瞬間に立ち会えますように。

 

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ちなみにわたしの近状(クソどうでもいい情報)

・明後日が最初で最後の少年たち

・ほくてゃ(松村北斗)病再発

・毎日せぶちしか聞いてない

・7MEN侍がいる公演に入りたくて入りたくて震えている

・JUMPの新曲のフリが防弾少年団の振付師によるものだということで完全に世界観が交わったことに興奮が冷めない

それでもただ前に進まなければ。

 

 

本当は恐くて 誰より弱くて
それでもただ前に進まなければ

 

 

つい最近、すばるくんはもうこんな曲歌わないよね、と。こんなこと歌ってた人に見えないよね、と。話したばかりだった。でも、すばるくんはこの時のままだったのかもしれない。恐くても、弱くても、ただ前に進まなければと。手を伸ばして掴み取るんだと、目を凝らして奪い取るんだと。戦うこと恐れず心からぶつかればその先で花が咲くことを知っている人だから。どんなに丸くなったと言われても、心の根っこはこの詞を書いたあの頃のまま、全然変わっていなかったのかもしれない。昴番怒の『ONE』。この曲がいったい何人の心を救っただろう。何人の背中を押しただろう。もちろん私もその一人で、今でもこの詞は力をくれる一節だ。でも昴番怒と書いてわかる人が現在果たして何人いるのだろう。たとえばこの先誰もわからなくなっても、ONEは、私の中で今までもこれからもずっと心の支えでありずっとずっと胸に刺さったまま抜けない。

 


土曜日まで、信じてなかった。信じようとしてなかったのかもしれない。仕事から帰ると家ではエイタメのDVDを母が見ていて、こんなに楽しそうに横山さんをいじって笑っている、楽しそうに歌っているすばるくんが、このエイトと自分の名づけたeighterたちを離れる?信じられるわけない。理由が見つからなかった。だってすばるくんはいちばん底を、ドン底を知っている。そこから引っ張り上げてくれた彼らから離れるなんてこと選ぶわけがない。痛々しい痕になってしまったけど、その忌々しい傷を消すことができたのはそこにいたからじゃないの。その仲間たちのおかげじゃないの。6人を引き連れて、先頭で、ど真ん中で、最前線で、これからも歌い続けてくれるはずじゃないの。その声で、「エイター!」と呼んでくれるんじゃないの。All of me for youのフェイクは、Heavenly Psychoのフェイクは、亮は誰と掛け合えばいいの。キングオブ男で亮は誰と手をつなげばいいの。えげつないで横山さんは誰とラップ対決したらいいの。ロマネの歌いだしは。レイニーの歌いだしは。桜援歌の歌いだしは。いろは節のフェイクは。

私たちが思い浮かべた疑問はきっともうメンバーたちがしつこいほど聞いたんだろう。エイトじゃだめなのか、日本じゃだめなのか、活動休止じゃだめなのか。それでもすばるくんはまた一人になることを選んだ。留学に行って戻ってきてもいいという話も飲まなかった。エイトやeighterが大事じゃないからじゃない。大事だから、そうする。大事だから、中途半端にしない。そう思った。というか、そう思わないと気持ちが持たない。だけどすばるくんは素直だし気持ちが顔や態度に出ちゃうで有名な男だから、あの記者会見の様子は取り繕ったものでも指示されたものでもない、素直な渋谷すばるの姿だったはず。メンバーもそう。ちょっとむすっとしているようにすら見える大倉、眉間にシワが寄りっぱなしの亮、目は伏せているけど微笑んでるマル、あくまで毅然としてシャキシャキ前を向いて話せる信五、まつ毛をいっぱい濡らして全然我慢できない横山さん。全部素直な表情だった気がする。「今日という日が来てほしくなかった」と語れる横山さんも、「嫌や」と言える信五も、どっちも素直で夫婦らしい言い方だと思った。そんなふうに言ってくれる大切な仲間を離れる決断が、中途半端な思いであるわけがない。どんなに謙遜したって自分が空ける場所の大きさは分かっているはずだ。その上での、この決意。命がけで歌ってきたすばるくんの、命がけの決断。それを嫌だと、なんでだと思いながらも、そんな気持ちをメンバーはちゃんと汲んでしまう。すばるくんの目指すところは、エイトじゃなく、日本じゃなく、戻ってくるための留学じゃない。そのことに納得はいかないかもしれないけどきっと分かってしまう。メンバーだから。家族だから。「家族より長くいる」という言葉を何度も聞いた。本当にそうなんだと思う。そんな家族の決断を止める権利は、大倉の言うように、ない。

 


すばるくんは、絶賛厨二病だったあの頃の私の神様だった。尊敬する人の欄にはいつも渋谷すばると書いた。ONEは支えだった。すばるくんの歌詞はいつでも胸に突き刺さった。すばるくんが楽しそうにしていれば楽しかった。楽しそうに歌っている姿をライブで見れるのが嬉しかった。真面目な顔でダンスしているのがおかしくて好きだった。ふざける時はいつでも本気なのが尊敬できた。人様の番組だと全然しゃべらないのに、ホームになると突然ただのおじさんになるところが愛おしかった。
これからもすばるくんの歌声が聞けなくなるわけじゃない。曲も詞も今までより作ることになるんだろうし、一層オブラートに包まないものになると思う。それでも私は「関ジャニ∞渋谷すばる」に歌っていてほしかった。ソロコンサートの場でも、外国のステージでも、1人のときは必ず「関ジャニ∞っていうアイドルやってます」と、必ずそう言って挨拶していた。そんな姿を見ていたかった。

 


大好きだから応援したいし、大好きだから引き留めたいし、大好きだからやりたいことをやってほしいし、大好きだからこのままでいてほしい。ずっと矛盾した気持ちがぐるぐると回っていて、3日経った今日もまだこの記事を書き終われてないし、いまだに全然整理がつかない。日曜日はずっと泣いていた。起きて、FCのお知らせを見た瞬間から涙が止まらなくなって、落ち着いたと思ったのに記者会見の記事を見て今度は声をあげて泣いた。ああ、こんな顔してるんだ、って思って悔しいのか悲しいのか寂しいのかわけのわからない感情が襲ってきて、布団に潜ってわんわん泣いた。私はもうエイトに担当はいないしなんなら渋谷担だったことなどないのに、なんでこんなに泣いてるんだろうってどこかで冷静に思いながら、嗚咽を漏らしていた。わからない。わからないけど、それほどまでに関ジャニ∞は私の中の全ての基盤だったんだと、それだけはわかった。たしかに思い返せばいつでも特別には違いなかったし、多分これからもそうだ。今の私を作ったのは良くも悪くもエイトであることに変わりない。一生彼らが原点。エイトに出会って、相方に出会って、そのあとの人生がガラッと変わった。12歳の私が関ジャニ∞と出会っていなかったら、私は知念くんともじょうくんとも出会っていないし、相方とも、今ジャニーズを通してつながった多くの友達とも出会えなかった。人生のどこかでジャニーズに出会っていたとしても全然違う人生だったと思う。あのタイミングでエイトと出会って、はじめてspiritsを見てエイトのライブに出会っていたから、今の私がいる。だから、すばるくんがあのタイミングで事務所に入って、三馬鹿と出会い関ジャニ∞になったことも、今のすばるくんを作っていて、どれも嘘じゃなく無駄じゃなく渋谷すばるを構成する必然の出来事だったに違いない。私はいつでも「運命」というものを信じてしまうたちだから、どれもこれも運命で、今回のこともきっとその運命のひとつなんだと、そう思うしか自分を納得させられない。いや納得はずっとしない。すばるくんが何度メンバーに説得されても意志が変わらなかったように、私も、何度説明されてもすばるくんが関ジャニ∞という場所に居てほしい、居てほしかったという気持ちはずっと変わらないと思う。だからつらい。この先の光景が必ずつらい。でも仕方ない。それでも関ジャニ∞が好きだし、渋谷すばるが好きだし、いつでも私の原点だから。どうせこれからも力をもらいに行くし、欲しい分の何倍も生きる力をもらってしまうんだろう。

 


オモイダマがこんなに苦しい曲になるなんて思わなかった。今になって聞くとはじめから終わりまですばるくんに向けた歌みたいに聞こえちゃうだもんな。「歌」でオモイダマ聞いたときも号泣したけど、今泣いてるのはまた意味が違う。ONEも、いつかまたも、LIFEも、ノスタルジアも、青春のすべても、ほんとに全部すばるくんへの曲に聞こえてしまうけど、オモイダマの最後の歌詞がなんとなく一番響いた。今しかない、今の夢に、今行こう。すばるくんはそう思ってこうしたんだろうなって。笑って、泣いて、また笑う日がちゃんと来るかな。来ますように。すばるくんが笑顔で歌っている姿を見れますように。エイトが「渋谷すばるがいないと全然ダメだね」って、すばるくんが「関ジャニ∞にいないと全然ダメだね」って、言われないように、頑張ってね。一生ついて行きます。

 

 


ありがとう大切な人へ。大好きな姿を支えたい。夢の舞台で美しく輝け。お前と共に笑いたいんだ。泥だらけで頑張るあなたがすき。ここから見てるよ君を。共に励まし深めた絆。笑って泣いて最後にまた笑おう。限界超え見えた扉破れ今。頑張ってきたこと知ってるから。泣いた日も無駄じゃない。届けこの音よ放てあの空に。積み重ねてきた日々は宝物。闘うことに背を向けるな。走れ!走れ!迷わず前へ。

 

今行こう!今しかない今の夢に。

 

 

マイフェイバリットシングスの話。

 


※「坂道のアポロン」ネタバレ(もう見てなくて今から見る人とかいないかもだけど一応)

 

 

 

昨日、知念担全盛期の頃に同じようにJUMP担で一緒におたくしていた(もう卒ってる)友達に、めちゃくちゃ久しぶりに会いました。記憶が正しければLiVE with meで会った依頼なので約4年ぶり。ツイッターもインスタも繋がってるから今何してるかくらいは知っていたけど、特別連絡を取り合うわけでもなかったのですが、たまたま私の地元に来ているストーリーを見かけたのでほんの少しだけ会いました。

そこでジャニヲタに戻ったんだよ~なんて話をした時「何がきっかけなの?!」と言われて、自分でもはっきりとしたきっかけはわからずに、「わかんないけど仕事辞めて気持ちに余裕ができてさ~」となんとなく答えておきました。それも確かなんですが、よくよく考えてみれば、このブログの1つめの記事がきっかけだったんだと思います。知念くんが「坂道のアポロン」の主演に決まったというニュース。それを見たとき、書かなきゃ!って思ってこのブログを作成してすぐに記事を書きました。そして偶然にも、昨日はその「坂道のアポロン」を見に行く日でした。

 

 

本当はもっと早く見に行きたかったのに全然タイミングがなくて、気付いたらそろそろ上映が終わる時期になっていて、せっかく前売りも持っているのに知念くんが単独主演の映画をスクリーンで見ないなんて一生後悔する、一生はちょっと盛ったけど絶対後悔すると思ったので、仕事終わりに1人でレイトショーに行ってきました。この時期に、しかも20時からの上映でお客さんは10人もいなかったけど、その中には明らかにオタクではない方とかいて。改めてすごい映画に出てるんだなーって。

ヒット御礼舞台挨拶かな?知念くんと中川大志くんと小松菜奈ちゃんが、監督のお手紙で泣いてしまったというニュースを見ました。知念くんが人前で泣くなんて、少し前では考えられなかった。最近はどうか知らないけど、私が好きだった知念くんは「人前で泣かない」というか「泣けない」というか、そんな人だったから。だから知念くんが人前で泣いてしまったことにびっくりしたし、そんな監督や共演者の方、そんな素敵な作品に出合えていることが嬉しくて、私が泣きそうになりました。それで、余計ちゃんと見に行かなきゃって思ったのかもしれない。

 

 

はじめからわりとずっと泣きそうでした。常に涙腺バカになってる芸人なのは自覚してるんですけど、感動せずにはいられなくて。だって、知念くんがピアノ弾いてるから…いや当たり前なんですけど…私どれだけ知念くん何もできない人だと思ってるのって話なんですけど…いやそうじゃなくて、知念くんってそういうこと一生懸命にしてるイメージがなかったんですよね。知念くんが一生懸命じゃないとかそうじゃなく、例えばメンバーがバンドを始めたときも、そういうことはいつも客観しているというか、僕は当事者じゃないみたいな、そんな雰囲気があって。これまたその態度が悪いとかじゃなくて、知念くんはそういう位置だと思っていたので、いまさら知念くんに「新しくできるようになったこと」が増えていることが、なんか、すごく胸にきて。

いろんなWSでも話していたけど、知念くんは楽譜を読まないで、耳と目でピアノの演奏を覚えたと。ダンスやってるからフリを覚える感じで~なんて言ってたけど、それだけであんなになれるわけがない。生まれてから20年強ピアノに触れていない人が耳コピで弾けるようになったとは思えない演奏で、いくら半年以上練習してても耳と目だけであんなに弾けるようになるなんて、信じられない。だからそこにはきっと計り知れない努力があったはずで。もちろん知念くんは天才ですが(元担贔屓)、それにしたってあんなに楽しそうに弾けるようになるまでになったってものすごいことだと思うんです。だってすっごく楽しそうに弾いてるんだもん。6年くらいピアノやってたけどあんなに楽しく弾けたことない(私はそもそもピアノが嫌いだった)。


薫と千太郎がセッションする場面は何度かありますが、やっぱり学園祭でのセッションが一番かな。直前に喧嘩しちゃってあんなに気まずいことになっていたのに、演奏中のアイコンタクトしている時の2人の表情と言ったらもう、今思い出しただけでもあの時の律子ばりに泣けてくるんですけど、ほんっとに楽しそうで。鍵盤を叩いてる時の薫の表情がすっごく良い。千太郎も、それまでのロックバンドの演奏なんか比じゃないくらい生き生きとしていて。千太郎が言った「言葉なんかいらん、音をぶつけ合えばいい」(ニュアンス)という言葉そのものだと思った。しかも弾いてるのは律子が好きだと言った曲。サウンドオブミュージックの「My favorite things」。この映画に陳腐な言葉は似合わないけど、これが最高にエモいと言わざるを得ない。それに気付いて涙しちゃう律子と、楽しそうに演奏する薫と千太郎。10年経ってやっと薫が教えてくれる薫のフェイバリットシングスが、間違いなくそこにあった。しかもこの場面は生演奏(アテレコじゃない)と聞いて、あーやっぱり知念くん天才!って。あんなに楽しそうな顔、きっと演技じゃないだろうから、本当に楽しんでピアノを演奏できるようになってるんだなあって、感動した。

これがまたジャズってところがいいのかもしれない。あれだけ拍子を無視してアドリブ満載の演奏をするにも関わらず、薫と千太郎は息がぴったりで、アイコンタクトで演奏する感じ。信頼なくしてはできないあの演奏。My favorite thingsからMoanin’に変わる瞬間とか、最高すぎて鳥肌が立った。そして10年以上経って、何も言わずに消えてしまったその友人と唐突に始まるセッションも最高に素敵だった。まさに「一生もん」の友情が2人の間にはちゃんとあるんだなあって。あそこで律子が、当時のお父さんと同じ煽りをするのも最高だったなあ…それで薫と千太郎が(もちろん律子も)あのころに戻った気がして。


全体を通して、『薫が「空気が読めすぎる」演技』をしている知念くんがすごくよかった。千太郎を見つめる律子の横顔を見ているときも、淳兄のバーで先に百合香を見つけたときも、百合香に描いてもらった絵を自慢されつつ律子が来るんじゃないかと気にしているときも、ドラムのスティックを律子からあげた方がいいと言うときも。言わなきゃって思いながらも我慢している顔とか、切なげに笑う顔とか、表情が良かった。知念くんが好きな私ですら知念くんの演技(というかセリフ回し)はそんなに好きではなくて、決して上手いと言えたものではないと思っています。でも、知念くんは瞳のお芝居をする人だと思っているので、西見薫はとっても良かった。原作を読んでないので(知念くんが役に)ハマっているかと聞かれると答えられませんが、少なくともみせコドのりんりんより良いということは間違いないです。みせコド見に行った時予告でアポロンが流れたときからそれは分かってたけども。

一番ぐっときた演技は、律子から受け取った薫と千太郎の名前が書いてある申込用紙を捨てた千太郎を追いかけて殴るシーン。一発目の後の振り返った千太郎の表情(というか大志さんの演技)も最高だったし馬乗りになって拳を振り上げて堪えている葛藤の表情(というか大志さんの演技)も良かったんだけど、千太郎が去ったあと近寄る律子に「来ないでくれ!」と言った後のところ。とっさに手の甲で顔を覆う?顔に当てる?んですけど、それがナチュラルで、グッときました。あー知念くんもこういう演技するようになったのか…って。
それと、終盤で淳兄と百合香が持ってきた写真を見て千太郎に気付いた瞬間の顔。10年も行方の知れなかった友人がそこにいたら、あんな風になるのかな…薫がウッと泣きそうになった瞬間、私もウッとなりました。あのシーンの表情、最高だった。忍びの国に続いて、私はつくづく知念くんの涙に弱い…忍びの国ほど泣かなかったけど。泣きそうになると小鼻がひくひくするのも可愛いよなあ。


こっからはただの元担ヨイショみたいになるんですけど、この映画を見てやっぱ知念くん好きだな~ってなりました。そりゃだてに10年も追っかけてませんわ。改めてこの人すごいなって、こんなすごい人好きだったんだなって思いました。知らない間にものすごい成長してるなって思ったのと同時に、やっぱり知念くんだなって思うところもあって。変わったところと変わらないところ、どっちもがちゃんとすごい。この人には本当に敵いませんね。担降りのときも多分同じようなこと言ったけど、知念くんにはこの先もずっと、誰も敵いません。ずっと私の特別です。

これはどうでもいいし知念担にしかわからないこと(もしかしたら知念担すらどうでもいいこと)かもしれませんが、ラストの教会でのセッションのシーンで、ピアノに座った時の腕まくりをしている薫の右の袖が、二の腕までぎゅーっと捲くられているところに知念くんすぎる知念くん(語彙力5)を感じたんですけど分かってくれる人はがはたしてどれくらいいるんでしょうか…?左利きの知念くんは癖なのか右の袖をめちゃくちゃ上まであげるんですよね。その癖がすごい出ちゃっててそれまで西見薫だったのに一気に知念くんになっちゃってた(私の中で)。ところで今回は知念くん左利きのままだったんですけど、西見薫は左利きなの?*1演技の時はいつも右利き強制されてて、ペンとかお箸を持つ手がぎこちないのがお決まりなのに、今回は左利きのままだったのであれ~って1人でなってました。にしてもレコードを聴きながら音を譜面に起こしてるときの、メモしてる手がめっちゃ可愛いんだよな~~書くときにぎゅんってなってる手首が好き(わかりづらい)。あと生粋の手フェチであり知念くんのおてて大好き芸人の私としては、ピアノ演奏の時絶対に映る知念くんのおててにもいちいちドキドキしたし、序盤の千太郎から屋上のカギを渡されたときのカギon知念くんのおててカットが最高でした。

 

 

それにしても最高だった。知念くんはもちろん、中川大志くんと小松菜奈ちゃんっていう俺得すぎるキャストも最高で眼福でしかなかった。海水浴のシーンなんか最高だった…こまつなちゃんの水着姿めっっっちゃ可愛い。レトロな水着めっっっちゃ似合うのね。ただ薫さんが脱ぐと完全に「知念くん」でちょっと笑った…肩幅が仕事しすぎ…でも知念くんがちっこいから、千太郎との出会いのシーンでは千太郎のガタイの良さ?デカさ?ゴツさ?みたいなのが強調されててよかった。どう見ても大志さんの方が年上に見えた(実際は知念くんの5歳下)。にしても大志さんの佐世保弁なかなかよかったな~。

ストーリーもよかった。「ありきたり」って批評されてたりもしたけど、私にとってはそれが良かった。変なしがらみもなく、シンプルな三角関係(四角であり五画っぽさもあったけど)で。よくある、幼馴染とか転校生とか年上への憧れとか、一方通行だらけの淡い恋とか。友情にヒビ、学園祭でのハプニング、突然の事故、感動の再会。たしかに全部使い古されたシチュエーションだけど、それが逆にシンプルな青春物語って感じがして私は好きでした。はじめて、DVD買おうかなって思った映画でした。これは買っちゃいそう。ボンと千のセッションをもう一度聞きたい。

 


多分そろそろ上映終了になると思うので、もしまだ見ていない方でお時間ある方がいれば、今週のどこかで見に行って欲しい作品です。もっと早くに見に行って皆様にダイマすべきでした…。そのくらい良い映画でした。キラキラの、爽やかな世界でした。

 

 

*1:ちなみにウィキペディアによると千太郎は「字を書く時は左利きだがドラムセットは右利きのものを使用している」らしい

リューンが終わってしまった。

 


「リューン~風の魔法と滅びの剣~」全国5か所、1ヶ月と少しの公演が3月11日に大千秋楽を迎え無事終了いたしました。
じょうくん、和也くん、リューンカンパニーのみなさん、本当にお疲れ様でした。目立ったトラブルもなく、全日程を予定通り走り切れたこと、座長を応援する1人としてとても嬉しいです。


と同時にやっぱり寂しいな~~~とここ数日ぼやっとしています。本人たちは翌日には完全に切り替えてアイドルを全うしていて本当に素晴らしいなって…春松竹観に行けてたら私の気持ちも切り換えることができたんでしょうか。悔しいですが春は完全にお留守番なので次に完全にアイドルのじょうくんを見るのはまたしてもクリパなのかも知れないと思って戦慄しております。それまで私は普段よりしんどさ増量のリューンフローなじょうくんを引きずるしかないのか…12月まで引きずったらもう雑巾みたいにボロボロになるのでは…

 

 

引きずるといえば、じょうくんも和也くんも全く役を引きずらないタイプでしたね。どの公演もカーテンコールで出てくるときには、「リューンフローとリューンダイ」から「藤原丈一郎大橋和也」に完全に切り替わっている。脳みそが、身体が、プロなんだと思いました。2人とも決して楽しいだけじゃない役だし、むしろ重くて苦しい場面がどちらにも課せられていてなかなか難しかったんじゃないかなあと思いますけど、カテコで見せてくれる姿がいい意味でけろっとしていて、なんだか救われました。

と同時に、カンパニーのみなさんに囲まれ、見守られ、ステージの中央の一番前で挨拶をする2人を見て、本当にじょうくんが和也くんと2人で座長をしているんだなあと思って、初めて見たとき、私はなんでか大号泣してしまいました。あの日1番泣いたのはカーテンコールでした。わかってます、おかしいです。いや1幕でも泣いたんですよ、フローが「僕が殺しに行く」って言う場面とか、ダイが滅びの剣に飲み込まれる直前に呼ぶ「リューンフロー!」っていう声とか、泣いたんですよ。2幕は激しい場面が多いし動きまわってるから、涙で見えないともったいないと思って我慢したけど。いや、したのに、カテコでなぜかガチ泣きしました。あの瞬間、あの日あの会場で1番頭おかしかったと思うしカーテンコールで号泣してるのとか自分だけだったと思う…


あの時なんで私はあんなに泣いてしまったんでしょう。スタオベでずーっと拍手しながらずーっと嗚咽漏らしてましたけど、本当に涙が止まらなくて。あれは…母性だったんですかね。母親目線?的な。よくここまで育って…みたいな。まあそこまで言うと大げさですけど。そんな気持ちだったんだと思います。

 

実は公演が始まるまでの時間、藤原担のお友達と、カラオケのプロジェクタールームで藤原丈一郎観賞会をしていたんですね。セットリストはYOLO→なうぇすと→少年たち→High Fiveというフルコース。がっっっつり「アイドル・藤原丈一郎」を楽しむ時間でした。少年たちなんかリアルに100回以上見てると思うんですけど、藤原担として見たのは多分初めてで(当時は小瀧目的で見てたから)。改めて見てみると発見することがたくさんあてすっごい楽しかった。基本的に和也くん探しだったんですけど(笑)、意外とじょうくんの真後ろとかにいたんですよね。意識したことがなかったから、今まで全然気付かなかった。あのステージ上に8人ともいるんだけどみんなバラバラの位置なんだよなあ。あの時のじょうくんが一緒にいたメンバーなんかもう大地しかいないわけで。まとすえリチャ以外の当時のジュニボも…ごっそり。あの少年たち以降、関西の状況はほんとに激動したんだなあと。

あの時、ステッキを持ってLove me babyを踊っていたじょうくんと、マイクすら持たないで所謂「わらわら」で踊っていた和也くんが。今こうして、前に誰も立っていないステージの一番前で、胸を張って、一座の代表としてお辞儀している。

実際のタイムラグは6.7年あるから大きく変化することは当たり前なんだけど、自分がその映像を直前まで見ていたせいなのか、その光景がなんだかすごい胸にきちゃって。だから涙が止まらなかったんだと思います。…まあ、実際のところはなんで泣いてたのか自分でもよくわかりません。今考えると、そういうことだったんじゃないかなって感じ。ほんと、そのレベルで私自身もなぜあんなに泣いたのか謎です。だけど胸がいっぱいになった感覚は日がたった今でも覚えています。

 


私はずっと、自分の担当に舞台のお仕事をしてほしかった。舞台は、歌もダンスも演技も、発声も表現力も、そしてカンパニーとの人間関係も、ありとあらゆることが学べるから。だから自担に一番経験してほしい仕事だった。けど横山さんにも知念くんにもその機会はなくて*1。だからじょうくんに舞台が決まったときすごく嬉しかった。担降りして3ヶ月で、降りたその子に舞台のお仕事が、しかも外部、主演。そんなことがあるなんて。やっぱりこの人に降りて正解だったと思った。私の「好き」は間違ってなかったんだと思った。


終わってしまった今改めて考えると、これがじょうくん1人の仕事ではなく大橋和也と2人での仕事だったことがすごく心強かったし嬉しいことだったなあと、終わった今そう思えます。

1人で主演、1人で座長のほうがすごいことなのかもしれない。成長するのかもしれない。だけどこの「リューン」は2人じゃなきゃダメだったと今なら言える。他の誰でもなく、藤原丈一郎大橋和也の2人じゃなきゃダメだったと思う。大橋和也がいつも大橋和也でいてくれたから、じょうくんも気負いすぎずにいられたんじゃないかな。じょうくんは真面目すぎるし(それがいいところなんだけど)謙虚すぎるし(いいところなんだけど…)自分の事より人の事話したがるから(いいところなんだけど……)。じょうくんのことを「かっこいい」「すごい」と素直に褒めてくれる人が隣にいることですごく自信になったんじゃないかな。

カテコで先に挨拶するのは和也くんで、その和也くんがもう全然、まるっきり、リューンダイから大橋和也に戻ってるから、じょうくんも藤原丈一郎に戻って挨拶できてたんだと思う。いい意味で気が抜けるというか。グダグダですっとんきょうな大橋らしい挨拶(褒めてる)を聞きながら首を傾げるじょうくんは「しゃあないなあ」って呆れた顔してたけどなんか嬉しそうだったし、舞台中はずっと張ってる気持ちが少し緩む時間だったんじゃないかな。そういうのが毎回あるから、毎回しっかり気持ちを切り替えて臨むことができていたんじゃないかって、勝手に解釈してる。そして和也くんはそのすべてを無意識でやっているから本当にすごい*2。まさに天真爛漫。「飾らず自然のままの姿があふれ出ているさま。生まれつきの素直な心そのままで、明るく純真で無邪気なさま。」っていう辞書の言葉がそのまま飛び出してきたかのような、そんな大橋和也が、じょうくんの相方として今回一緒に選抜されて私はすごく嬉しかった。公演が始まる前にじょうくんが言った「ベストパートナー」という言葉。ちょっと言い過ぎなんじゃない?って思ってたけど、全然そんなことなかった。2人は間違いなく、ベストパートナーだよ。


再演…あるのかな、あってほしいな。でも舞台やミュージカル自体ほぼ初体験だった私には再演ってどんな感じなのか全然わかんない。同じものをやるなんてとんでもないプレッシャーだろうし、何かが違わないとお客様は来ないし、でも何かが違うとそれはもう同じ作品とは言えない気もするし。舞台の再演って、未知の世界。でもすごいことだっていうことはわかるから、もし実現するならしてほしいし必ず足を運びたい。

共演者の皆様が各々で今回の感想を書いてくださっているブログで、当たり前に2人の話題が出てくるのだけど、「真っ直ぐ」「謙虚」「純粋」「ひたむき」と、皆様そんな言葉で2人のことを表してくれてる。この2人だから引っ張ってもらえたんだと。座長が愛されている素晴らしいカンパニーだなって思った。こんなステキなカンパニーの皆様にまた出会える、その時が来るといいな。

 

じょうくんの初主演舞台が「リューン」でよかった。作品ごと、世界観ごと、カンパニーごと愛せる作品でよかった。そう思います。本当にお疲れ様。

 

 

 

リューンのストーリーについての個人的な解釈と、じょくんがフローを演じたこと、和也くんがダイを演じたことの感想も書きたいと思ってるのでしばらくリューンについての懐古にお付き合いください。(しばらく現場ないから寂しさを埋めたいんだ許して)

*1:知念くんにはJWがあったけどあれはまた別だし、横山さんも去年主演やったけどもう担当ではないから

*2:計算なら計算でそれもまた本当にすごいけど

藤原丈一郎くんが22歳になりました。

 


藤原丈一郎くん お誕生日おめでとう!!!

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私が大好きな、ジャニヲタに戻ってじょうくんの画像として1番はじめに保存した、大好きなこの画像。やっぱりステージでマイクを握って笑ってるじょうくんが好き!

 

本当はポエミーな感じにしようかとか、好きなところ22個並べようかとか、色々思ったんですけど。普段からじょうくんに対しては「しんどい(闇)」みたいな感情が(最近は特に)多かったので、今日くらい明るくお祝いしたいと思います。

とにかくおめでとう!純粋に、藤原丈一郎がこの世に生まれてくれて、ジャニーズ事務所でアイドルになってくれて、本当に良かったと思ってます。8歳で、何のことかわからず行かされたオーディションで、わけもわからないうちにこんな世界に放り込まれて、気付けば10年以上アイドルやってるって、どんな人生よ。ここまで辞めないでくれてありがとう。私に、君の存在に気付かせてくれてありがとう。今私はじょうくんを応援できて幸せです。

 


誕生花とか、花言葉とか調べるの大好き芸人なんで、2月8日の誕生花を調べてみました。(誕生花で調べるだけでもページによって全然違う花を示していたり、花言葉もページによるのであくまで一説としてご覧ください)

 

芍薬

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芍薬花言葉は、「謙遜」「恥じらい」「はにかみ」という言葉です。

芍薬の花の美しさとは裏腹に、どの花言葉も控えめな言葉ばかり。これは、イギリスの民話において、シャイな妖精が芍薬の花に隠れると、花も一緒に赤くなったという言い伝えから、これらの花言葉が誕生したという経緯があるからです。控えめな花言葉ではありますが、決してネガティブな意味合いではありません。シャイな人や控えめな女性に贈る花言葉として良いと思います。

 

・ストック

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花の色に関係ないストックの花言葉「愛の絆」「求愛」「順風満帆」「見つめる未来」です。
昔、求愛の時に花を添える慣習がありストックの花が使われていたので「求愛」の意味を持ちます。
結婚して間もない相手、結婚予定の方へピッタリな言葉です。周りにそういう方がいればストックの花を贈ってあげましょう。後述する他の花色のストックもほとんどが結婚した相手にピッタリで意味に合わせて贈るのも良いです。

※ちなみに2/8の誕生花としてはピンク色のストックだそうで、こちらの花言葉「豊かな愛情」だそう。

 

ホトケノザ

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ホトケノザ花言葉は葉が蓮華座に似ていて、そこに座る仏に例えて「調和」「輝く心」です。
整っている、または美しい心を持っている素敵な方がいればホトケノザの花を贈りましょう。


(ちなみにあと2つ、キンセンカユキノシタもあるみたいですがちょっとイメージとは違うので省きました。)

 


じょうくんにぴったりだなあと思うものが多くて、調べててウキウキした。

芍薬なんてじょうくんそのものかなって思うくらいぴったりじゃない???「謙遜」も「恥じらい」も「はにかみ」も、全部じょうくんそのもの。良くも悪くも妙に空気が読めてしまって、いつも謙遜しすぎだと思ってるし、急に褒められたり称賛されるとすぐ照れちゃうし、すぐはにかむ。「はにかみ」って、すごくない?(語彙力5)日常生活じゃそんなに使わない言葉かもしれないけどじょうくんのそれって絶対「はにかみ」って呼ぶやつだと思うんですよ。

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これです。これこれ。多分私のまわりの藤原担には「あの顔」で通じるヤツ。もしかしたらみなさんにも通じます???藤原担はこのお顔がみんな好き。このお顔にみんな弱い。と思ってます。少なくとも私は好き!そして弱い!だってずるくない?普段あんなにグイグイオラオラなのに褒められると素直に照れてこんな顔しちゃうのって。少女マンガかな。じょうくんってほんとにテンプレのツンデレからしんどい。あ、結局しんどくなってる私。

芍薬は「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」なんて美しい女性の姿に例えられる花で、ボタン科で大きく派手な花なんですが、この派手さがまたじょうくんのお顔のうるささによく似ている。主張が激しい。それでいてこの控え目な花言葉。もはや芍薬ってじょうくんの化身?もしくはじょうくんが芍薬の擬人化なの?


ストックというお花は、芍薬のように大きな花ではなく小さな花がたくさん集まったような、フリルのような可愛らしいお花です。私は知らなかったお花でした。芍薬ほどではないとはいえ1つで結構な存在感があり、これもまたじょうくんらしくていいなあと思った。名前の「Stock(ストック)」は日本語でという意味だそうで、茎が太くて丈夫なことが由来らしい。…できすぎている、さすがにできすぎている。太く丈夫な芯を持って生きてほしいじょうくんにぴったりすぎるよ!じょうくんもしや前世はストックですか?

私がいいなと思った花言葉「順風満帆」「見つめる未来」。もう今のじょうくんに直接聞かせてあげたい!あなたの誕生日の誕生花はこんな素敵な花言葉なんだと!最近のじょうくんを見て私が勝手に悩んでいることにも重なってしまうこの言葉。じょうくんの見つめる未来が順風満帆であってほしいなんて、藤原担のみならずジャニヲタなら自担に対して9割9分抱いてる感情でしょう!!!そんな花言葉を持つ花を味方につけて2月8日生まれのじょうくんならきっとなんの心配もないよね!!!(号泣)


ホトケノザは、上の2つとは大きく違うとっても控えめで小さな花。だけどその名前は読んで字のごとく、葉の形が仏像の蓮華座(ほとけのざ)に似ているからついたもの。じょうくんは仏すら味方なの…?今度から神頼みじゃなくて仏頼みにしたほうがいい…?

「輝く心」なんて素敵な花言葉のあるお花が誕生花なんて、じょうくんの前世は実は仏なのか。ホトケノザの葉のような蓮華座に座っていらっしゃったのか。通りで神々しいと思った。後光が見えていたのはそういうことだったのね、納得納得。そして引用した文章に素敵な言葉が書かれていますね。「美しい心を持っている素敵な方がいればホトケノザの花を贈りましょう」………誰か藤原丈一郎ホトケノザフラワースタンドを!!!!!韓国のアイドルならすーーーぐ送りつけるのに…クソッ。

 

 

…とまあ、なんでもこじつけたがり芸人なので上手いこと書いてますけども。ちなみに省いたキンセンカ花言葉はあまりにもマイナスな言葉ばかりで(普段なら大好物なんですが)とてもじゃないけどお誕生日のお祝いとしてはふさわしくなさそうだったので省きました。まあじょうくんのこと本当はネクラだと思ってる節はあるし、そういう面ではぴったりなのかもしれない、けど今日はめでたい日だから!素敵な言葉だけを並べたい!と思いました。にしても芍薬花言葉があまりにも藤原丈一郎すぎて自分でも驚いた。

 

藤原丈一郎21歳はめちゃくちゃ激動だったんじゃないかなー。銀二貫があったり、スタ誕は主演かよってレベルで出させてもらったり、念願の個人団扇(おまけにフォトと缶バッジ)が出せて、主演で座長の舞台が幕を開けて…細かく見ればもっとあるのかな。これだけでも十分大きな出来事が連発した1年だったと言えるんじゃないでしょうか。

何度でも言いますが、私は2017年21歳の藤原丈一郎に担降りして本当によかったと思っています。じょうくんのことは何年も前から知っているし応援していたけど、担当だと名乗ることができるようになったのが2017年でよかった。あるいは2017年だからできたことなのかもしれない。言えばあれも見たかったこれも見たかったともっと前から追っていないことを後悔してしまうけど、2017年のじょうくんに出会えたことに意味がある気がする。もちろん2016年の藤原丈一郎も好きだったし2013年の藤原丈一郎にもときめいていたけど、2017年の藤原丈一郎だから自信を持って降りることができて今こうして一番に応援する人として安心できるのだと思う。

 

2018年、22歳の藤原丈一郎はどんな世界を見せてくれるんでしょうか。不安も心配もあるけど、期待やワクワクはその何倍もある。だから22歳のじょうくんもずっと見ていたいと思うし、23歳も24歳も可能な限りお祝いできるところにいたい。願わくは、ステージの最前列で誰の後頭部越しでもない客席を見ているじょうくんを見せてほしい。その姿を、客席から見届けられる未来が待っていますように。

 

 

21歳のリューンを見ないまま22歳と約1ヶ月のリューンが初見になるんですが、3月2日が私の命日になってしまうのではないかと不安です。物理的な意味で涙腺が崩壊してしまうのではと思うレベルで、ネタバレの段階で泣きそうになってます。耐えられるのか私。涙で滲んでじょうくんの表情がよく見えないなんてもったいないことにならないようにしないと。


改めて、じょうくんお誕生日おめでとう!
22歳のじょうくんにもたくさんの幸せとワクワクとキラキラがありますように!!!

 

 

 

じょうはしを拗らせている今日この頃。

 


舞台系の雑誌ラッシュで情報に溺れ、嬉しい悲鳴の毎日です。陸の孤島・九州には土曜発売のものも火曜まで入荷しないですからね。平日になれば入るだろうと思って月曜に本屋3つも回ったよ!次の日行ったらあったよ!本当にもう!!!
そもそも発売日にはほぼすべての写真を保存してはいましたけれども、いや~~~~~もう!!!こんなにじょうはしが一緒にいていいんですか!ってくらい供給過多なんですけど………いいんです!!!!!(私の中の川平慈英が顔を出した)写真だけでもだいぶしんどかったのにインタビュー読んだらさらにしんどさが増したので感想雑記。一周回って拗らせて病んでるけど気にしないで。

 

 

そもそもこんなにじょうはしがじょうはしする前から「藤原丈一郎大橋和也」というセットが好きだった私にとっては、今の状況が本当にお年玉か何かのご褒美か状態で、このじょうはしフィーバーが終わったらバチでも当たるんじゃないかとそわそわしている次第です。まあ、このフィーバー後に一気に虚無感に襲われ生ける屍となることは間違いないのですが。(だって併せてリューンロスもくるでしょ、喪失感が致死量なのは目に見えてるよ)

藤原担の中でもじょうこじ派とか、今丈派とか、同期(神丈)派とか、最近だとエンドレス派とか、様々あると思うんですけど、かくいう私も今までは今丈派でした。前々から今江大地大橋和也は贔屓にしがちだったんですけど、全然、今丈派でした。なにをされても動じない仏の大地に躊躇なくちょっかいを出すじょういちろう(6さい)みたいな関係が好きでした。
しかし!突然、朝田淳弥という強敵が現れるわけです。正直じょうくんを追うようになるまで淳弥がそんなにも今江大地担だということ(そしてそれは片思いではなく絶賛両思いといということ)を知らなかったわけです。今朝の尊さについて全然知らなかった。しかし今朝を知った以上、今江大地を淳弥から奪うわけにはいかない…というか奪うことは不可能だということを悟らざるを得なくなった。

そうして何きっかけでじょうはしに目覚めたかはわかりませんが、気が付いたら立派なじょうはし厨でした。大橋くんの名誉のために言いますが、決して消去法じゃないですからね!!じょうくんに並んで今江・大橋と贔屓にしてきて、大地を淳弥に取られたからって「じゃあ大橋にしよ」みたいなことじゃないよ!!!


シンメ厨の私は、シンクロする双子タイプのシンメより、キャラもパフォーマンスも正反対・真逆のシンメの方が好きなんです。菊池風磨中島健人とかいい例ですね。あとは松松とか。(ちなみに今も昔もちねもり厨ですが彼らは厳密には立ち位置がシンメトリーではないので省きます)
ふまけんも松松もじょうはしもなんですが、お互いがお互いをリスペクトしながら、お互いの足りない部分を補填し、お互いのキャラを際立たせる立ち位置にいる、という関係が素晴らしいと思うんです。似てるわけじゃないんだけど、なるべくしてなった感が強いシンメというか。全然違うキャラだからこそセットにされてる感じ?だってどっちも中島健人とか、どっちもじょうくんみたいなシンメとか嫌でしょ?!(多方面に失礼)

 

 

(私には「腐ィルター」という特殊な機能が備わってますが、もちろん今回はそれを抜きにして話してます)


じょうはしのいいところは、矢印の方向が一方的に見えて実はそうでもないところ。

じょうはしにおいて2人の構図は、和也くんが一方的にじょうくんを好きと言っているように見られがちです。おそらく、本人たちもそういうつもりで売っているとは思います。少なくともじょうくんは、そうすることでおいしくなることを理解しているように思います。(和也くんはいつでもありのままだと思う)
2人のキャラクター上、この方程式は仕方のないことなんじゃないかと思うんです。特に和也くんはいじられることが多いし、(私は大天使だってずっと言ってるしPONだって「関西の天使」だと紹介してくれたけど)雑な扱いを受けがち。だから「好き好き光線の強い大橋を軽くあしらう丈」という構図は当たり前のように受け入れられる。一方じょうくんもじょうくんで、他人にベタベタいくタイプではないので、ベタベタされて困ってるんですよ~という態度を示すと、見ているほうもそう見えてくる。それに和也くんも「なんでそんなん言うねん!」と返す。…できすぎた少女漫画のカップルのようですね。


それはそれでいいんですけど、実はそうじゃないところがじょうはしはいいぞポイントなんですよね。

 丈くんとは2人で歌を歌いたい。一瞬だけハモったりして。それから2人だけで遊園地に行きたい!みんなでは行ったことあるけど2人きりではないから。丈くん意外と僕のこと好きやから(笑)、ちょっかいかけてくると思うんで。そしたら僕が「まぁまぁ」ってあしらいます(笑)。

 

<POTATO 2018.2>

(全体的にしんどいことは置いておいて)ここでいう「意外と」というフレーズは、おそらく『普段はみんなに大橋和也の片思いだと思われている』という前提条件が和也くんの中にもあるから出てきたものですよね。だから、『丈くんが僕の事を好きという事実=意外』と読者が認識すると思っているわけです。彼の場合多分、これは本当に憶測ですが、この発言は全然計算じゃないと思うんです。本当に「丈くんって僕のこと好きじゃなさそうに見えるでしょ?僕もそう思うんですけどね~!でも意外とね、」っていうことだと思うんです。

一方でじょうくんも、それにのっかるかのように毎度毎度「好きじゃないです」「仲悪いです」「全然話さないです」と言う。ここまでがワンセット。無意識に言ってそうな和也くんとは逆に、好きじゃなさそうな態度をとることで『大橋和也の片思い感』が出た方が喜ばれるということを分かっているのではないかなと、時々思うんです。でもじょうくんは「僕は大橋のこと好きじゃないですよ」という“てい”をとりながらも、実はちゃんと和也くんのこと見てるんですよね。(ほんとに嫌いなわけないだろうから当たり前っちゃ当たり前なんですけど)そしてちゃんと「大橋のこと見てますよ」というアピールがある。

 大橋は歌の先生が言ってたんですけど普通の男性が出せる声の2オクターブ上まで出せるハイトーンボイスってことでびっくり!すごいんですよ大橋!あと良くも悪くも思ったことを口に出すのもすごい(笑)。僕は気を遣いすぎていろいろ言えないんですけど、大橋はなんでも言うんですよ(笑)。そうすると「それいいね!」ってなるときもある。僕が持ってないものを持っているのが大橋ですね。

 

 <STAGE navi 2018 vol.19>

大橋和也の音域の広さに純粋に驚いたことは置いておいて)他人に対する他人からの評価、こんなに覚えてます???そしてそれをこんなに大真面目に言える???ネタっぽくじゃなくて、ちゃんと褒めてる。相手の事をちゃんと「すごいんですよ」と言える。しかもその相手は普段「うっとうしがっているフリ」をしている大橋和也。そんな相手のことをベストパートナーと呼び「僕の持っていないものを持っている」と言ってきちんと尊敬の意を表する。一方通行っぽく見せるだけにとどまらせず、なんなら“俺は彼を信頼していますよ”ということをわざわざ示してくれる。…この一連の流れが無意識なら天才かもしれない。あざとい。20歳になってもぶりっこできる大橋和也よりよっぽどあざとい。計算高過ぎる。


ちなみに、この話の流れで先に答えた大橋くんはじょうくんについて「足の甲がかっこよくてヤバい」という、じょうくんが思わず「お前がヤバい」と言ってしまうレベルのすっとぼけ回答をしますが、

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これはこれで話しが繋がっているのでじょうはしって恐ろしい(足の甲を撮影しようとしていたのは12月の雑誌)。

 

 

もうひとつ、じょうくんから和也くんへ向けられたベクトルが決して小さくはないとわかるエピソード。

 (練習を通してお互いの知らないところが知れるんじゃない?と振られて)
和 そうなんですよ〜!僕のホテルに来るんですよ丈くんが〜!練習しに
MC ちょっと待って、今の言い方だと嫌がってない?(笑)
和 ひゃひゃひゃ(笑)嫌がってま〜す
MC 来て何をするの?
丈 あのねえ、ちょっと今の言い方的に言うと語弊がいっぱいある
和 なんでやねん!
MC (笑)そこ訂正していこう
丈 そうです、だからあのー、こう、ま、あの、部屋に行って、練習しようってことを言いたいんですけど
MC なるほどストイックな!
和 いや聞いてください、違うんすよ
MC 違うみたいよ
和 急に、寝だすんすよ僕の部屋で!
MC (笑)全然稽古してないじゃん
和 帰りたくない〜言うて(笑)
MC 甘えちゃってんじゃん

 

<よしもとRadio「バリカタ!!」2018/1/14>

初めに暴露されたのは、九州で放送されているラジオに出演したとき。ラジオをリアルタイムで聞いていた私は戦慄した。それ言っていいやつ?!と思いながらも、ありがとう和也くん!!!と咽び泣いた(盛った)。これを聞いたじょうくんがどんな顔してたかラジオだけど想像できる。照れるじょうくんが面白くてか知らないけど、このラジオの後出た雑誌で少なくとも2回以上はこの話をしている大橋和也。どこかで言っていた「丈くんはドSに見えてドM」という大橋和也独自の見解を楽しんでいるのかもしれない。

と若干面白がられて晒されてますが、みんな初対面で、しかも大物だらけの、初めてのミュージカル稽古。おまけに慣れない東京で1ヶ月にも及ぶホテル生活。たった1人心を許せる相手が大橋和也だったのかもしれないなって。私たちが普段見ているじょうくんからは想像するに難いじょうくんの一面も、ベストパートナーの和也くんともなれば目撃することができるのか…うらやましい。自分の部屋に来て帰りたくないとごねるじょうくん私も見たいよ和也くんズルいな!!!っていうのは置いといて、和也くんの部屋で寝るじょうくんというのはなかなかインパクトが強いというか、なんなら逆かな?とすら思いませんか。和也くんが、じょうくんを頼っていくというか。それだったらなんとなく想像できた。私はこれが「じょうくんが」「和也くんの部屋に」というところが結構驚きでした。こんなことしておいて、どう考えても大橋和也からの一方通行とは思えませんよね。じょうくんがちゃんと、和也くんのことを信頼しているが故の行動だと思います。

 

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このへんの距離感はバカだと思います。今回の舞台系雑誌3誌は総じて2人の距離感がバカ。いやこちらとしては美味しいけど。ほんと、バカ(泣いてる)。なんで耳触ってんの!!!!!

 

 

 

じょうくんは、あまり自分のことを多く語らない人だと思っています。

今回同時期に出たSTAGE fan、STAGE SQUARE、STAGE navi、どの雑誌でも2人の対談形式のインタビューを掲載していますが、そのどれもでじょうくんは大橋和也という男を褒めています。そしてじょうくんの話すことはそのほとんどが「人のこと」なんです。和也くんは、レッスン靴を忘れたこと*1とか、こんなこと頑張ってますとか、比較的自分で自分の事を話している印象です。一方でじょうくんは、○○さんがこうされてるところを見て~とか、文一くんからメールが来て~とか、自分の事なんだけど、自分の成長や頑張りについてあまり語ってくれていません。おそらくどれもが稽古が始まった直後の次期に行われたインタビューでまだ具体的なネタはないのかなあとも思うんですけど。なんとなく寂しい印象を受けました。もっとじょうくん自身のことを教えてほしいのにって。

その代わりさきほどあげた和也くんの音域の話であったり、和也くん含めまわりの話を多くしている印象です。本人も「気を使いすぎ」の自覚があるし、常にまわりに気を配っているのもわかる。し、そうすることでじょうくんがいろんな人からいろんなことを吸収してくれること・盗んでくれることも非常に楽しみではあります。だけど、やっぱりなんとなく寂しい。

 


ここからは完全に私の空想ですし、杞憂にすぎないと思います。じょうくんはそんなにヤワじゃないかもしれません。だけどなんとなく感じていること。

なんとなくですが、じょうくんは和也くんに対して僅かながら劣等感みたいなものを抱いてるんじゃないかと、そう思いました。私の中でもとても漠然としています。でもふと、そんなふうに思ったのです。特にPONを見てそのことを強く感じました。

和也くんは「愛されキャラ」です。そしてそれはきっと相対的に身についたものではなくて、生まれつき彼が持っている才能です。可愛らしくて丸っこい外見、ちょっとたどたどしいしゃべり方、柔らかい所作。それらが作るどことなく中性的な雰囲気が、まわりをメロメロにしてしまうのだと思うのです。じょうくんはそのどれもが正反対。じょうくんのようなハキハキとしたタイプが後輩として好かれる世界もあるとは思うけど、一般的に考えて人当たりが良さそうなのは和也くんなのかなと思う。だからこそ、2人が一緒にいることでちょうどいいバランスが保てているという点もあるはずだから、どちらがいいとかいうことではありません。

 

だけどその「作らないキャラ設定」というのが、じょうくんにとっては羨ましいものなのかもしれないと思ったんです。

じょうくんが常に肩書にしてきた「芸人兼ジャニーズ」。いやいやジャニーズが先ちゃうんかい!と各所でネタにされる、今ではすっかり定着したじょうくんにしか名乗れない肩書。

最近この肩書の前に“自称”が付いているのをみなさんはご存知でしょうか。最近と言っても文字になっているのはまだ日誌くらいですが、続けてPONの自己紹介でも“自称”で名乗っていて、1度ではなく2度も続けて使われたことで、ああ冗談とかではないんだなってやたら真剣に受け止めてしまって。(本人が深い意味を持たせていないのなら申し訳ない)

じょうくんは最近の雑誌で「芸人と名乗っているのにお笑いに関われていない」ということを悔やんでいました。そして、今年はお笑いの仕事をしたい、と。一見すれば、じょうくんの新しいやりたいことか!ってなるんですけど、自分で課した「芸人キャラ」というものが少なからず彼を悩ませる枷になっている気がするんです。もちろん、「芸人キャラ」としていることで次の目標が具体的に生まれていることは喜ばしいことです。だけど、ちょっと真面目に考えすぎじゃないかと心配になってしまう。だって私は楽しそうに仕事をしている藤原丈一郎が好きだから。

お笑い関係の仕事をしていないから、「芸人兼ジャニーズ」と名乗るにはまだ早い、中途半端だ、ってそう思って急に“自称”を名乗り始めたのかなとは思うんですが。なんかそれってものすごく苦しくないですか。いやまあ苦しいなんて感情は彼が私の担当であるからにすぎないけど。彼が“自称”と名乗るたび私は苦しくなります。ここにきて急に自分の立ち位置に悩み始めるじょうくんを見ていて苦しい。“自称”を名乗るのは、きっとじょうくんが真面目すぎるが故。だから余計に心配になるし、もっと自由に、楽に仕事していいのにって思ってしまう。こんなこと杞憂であってほしいんだけど…。

 

小さな世界で見れば、最近は前に出ることは多いし、こうして外部舞台の主演を任せられるし、一昔前よりは列が前に進んでいる。だけど全体として見るとまだまだ良いとは言えない立ち位置だし*2、キャリアを考えても苦しい位置にいるとは思う。じょうくんはまだ、ステージの上で誰かの背中を見なくてはいけないところにいる。そんななんともいえない立ち位置で、お笑いの仕事はないけど「芸人兼ジャニーズ」と名乗ることにどんな葛藤があったのかな。PONのしょっぱなで放った「僕らなんかでいいんですか?」という発言も、切り込んでいかなきゃいけないという気持ちから出た少し脚色した言葉であったとしても、きっと本心でもあったはずです。

 

これだけ自担語りしといて全然結論が出てません(笑)そのくせ明日はもうじょうくんの誕生日。いつのまにか彼は22歳です。

2017年、近年まれにみる躍進をとげた(と私は思っている)じょうくんや和也くん。謙遜しすぎるがゆえにまだ気持ちや自信が追いつき切れていないのかな?と思います。もっと自信を持っていいのに。明日少し大人になるじょうくんが、今日より胸を張れますように。

 

私はまだ「リューン初め」をしていません。だからこんなにじょうくんやじょうはしに対して拗らせてるんだろうな…しかしながらリューンについて、じょうはし担はもちろん他担からも嬉しい感想をたくさん聞きました。担当が他担や世間に見つかることは嬉しいこと。私も早く2人の雄姿を見たい…あと約1ヶ月…早く過ぎてくれ…

 

 

*1:振ったのはじょうくんからだけど

*2:そもそも関西ジャニーズJr.という括りの立ち位置が良いとは言えない気もする

WESTivalに行ってきた話。

 


1/13のWESTivalをもって私のはっぴ~うぃんた~は終了しました…次はリューンの久留米公演までお休み…寂しい………(泣)


とはいえ初めてのジャニーズWESTのコンサート、とっても楽しかったです!!!ワンチャンじょうくん出るんじゃ?と思ってFCに入り申し込んだものの直後に舞台が決まりもはやはずれてもいいよと思っていたんですが、行けてよかったです!!!本当に!!!そして公演中も公演後もいろーんなことを考えたので、ここに書き残しておきたいと思います。

 


私はセトリどころかアルバムを聞いてすらなくほぼほぼ何も分からない状態で入ったんですが、それでもとっても楽しかったです!個人的に初日とか何も分からない公演に入るのが苦手で。セトリとか、立ち位置とか把握して、心の準備をして入りたい方なんです。だからまっさらな気持ちというか、何も知らないまま入ったのがほんとに久しぶりで、めっちゃドキドキしたけどめっちゃ楽しかった!!!

バラードがほとんどない分、ずっと踊ったり動いたりしてるうえすとさんたちほんとすごいなってただただ感心した。映像の入れ方とか、映像内でやってることとか、やっぱりどこかしらエイトに似ている雰囲気を感じて。マネしてるとかそういうことを言いたいのではなくて、エイトで育った私にとってはすごく安心するというか。いいところを踏襲しているところがすごくいいなって思いました。ちゃんと背中見て育ったって感じがして。そのうちアルバムのために短編映画作ったりする?そこまでいくとさすがにパクりとかって言われんのかな(笑)。

 

ほとんどが初見(初聞き)の状態で行って、これ好き!って思った曲は『何万回だって「君が好き」』とはまかみの『God damn』です。

『何万回だって~』は、私が思うジャニーズWESTらしいラブソングって感じがしました。あくまで個人的な意見ですけど!チョエクとかキャンストとか、そういう路線もうえすとっぽい感じがするけど、こういう「とにかく君が好き」みたいなピュアなラブソングを歌うジャニーズWESTめちゃくちゃ可愛い。健気。こういう曲があるからこそ、闇系の曲が際立ってかっこよく見えるのかな。ギャップ萌え(死語)ってやつか。

そして『God damn』。多分今回のセトリの中でずば抜けて好きかもしれない。はじまる直前に曲名を見たときは新曲なのかユニット曲なのかもわからなかったし、いわゆる「ガッデム」ということにも気付かず、曲調の想像すらできませんでした。ユニットコーナーになって、シゲのピアノが予想の遥かななめ上をうく腕前で驚いていたのも束の間、センステが突如リングに………はまかみ!!!!!安定の歌唱力と安定の体幹、そして高レベルなダンスとアクロの技術……信頼しかない……!!!おそらくなんですけど、初めて聞いたとき何人かは脳内に同じ曲の面影を感じたんじゃないかな…。2人が飛んで、フードがすぽっと被ったときにもう完全に脳内で一致してしまって、はまちゃんはよくこの系統で歌おうと決めたなあと…まあこんなこと考えてるのは私みたいなオタクだけで、当の本人は何も思っちゃいないかもしれないけど。2人ともなかなかハイトーンボイスなのに迫力がすごいし、ダンスもアクロバットも力強くて、最後にクロスカウンター決めて2人とも倒れるっていう演出まで素晴らしくて…この曲が1番強く印象に残っています。

 

とは言いつつその直後の小瀧望(含む3人)の左薬指の指輪に全部持って行かれた。刺激が強すぎた。眩暈がした。エロいとか、(いやエロかったことは確かなんだけど、)そういうんじゃなく、「既婚者設定」ということが一番刺激的だった。さすがに左薬指につけといて「ただのカップルのペアリング」ってこたぁないだろ…まあ自分のオトンが今の淳太の年の時って私小1だし…って考えてちょとだけ脳みそがフリーズした。何なら流星の年(=自分の今の年)で私生まれてますけどね。戦慄するわ。あとあの目線カメラみたいなのずるいな?あの瞬間何千人が孕んだと思ってる?認知してくれるんだよね?ん??

 


一応気持ちは小瀧担のつもりで入ったんですけど、その観点でいくと、『プリンシパルの君へ』の小瀧望が最高に可愛くて、最高に幸せそうで、デビューして初めて見た小瀧だったのでやっと「デビューできてよかったね」って思いました。

私が最後に見た小瀧望は、2013年12月の松竹座でした。それから丸4年たって見た彼は本当に幸せそうだった。4年前も別に楽しそうだったんだけど。あのころ、松竹座という小さなハコで先輩たちの曲をカバーしながら作った公演を1人でこなしていた人が、福岡のアリーナ会場でセンターステージのど真ん中に立って自分が主演する映画の主題歌をグループのメンバーと歌うなんて。歌っているときの小瀧の顔が本当に幸せそうで、胸がギューーーっとなりました。ああ、これがデビューってことかって。デビュー前とデビュー後を知っているからか、しかもその間にすごくブランクがあるから余計、色んな事考えちゃいましたね。

あとすごく担当(リアコ)贔屓なことを言いますと、執事コントでロボの電池が切れる!ってなって「これが走馬灯ってやつなんかな…」っていう演技をするときの小瀧がけっこうガチめに演技してるところがめちゃくちゃギュンッってなりました。ああいうちょっとした演技ですら普通に上手いんだよねあの人。わざとらしいんだけど、コント用の演技っぽくなく見えるというか…あー語彙力が足りねえ。とにかく絶対もっと演技の仕事すべきじゃん。ってこれ少年たちのあとくらいからずっと言ってるけど私。

 


そしてないと思っていたジュニアコーナー!さすがに沸き散らかしました!さすがに心は関西担だった!安心した!(?)
こじゃたんがペラったせいで期待はしてたんですけど、さすがにもうコーナーは…と思っていたら!!!もうね、淳太が「次は僕たちのファミリーに…」って言った瞬間の、会場の割れんばかりの歓声。バック担もいたとは思うんだけど、きっとほとんどはジャニーズWESTを見に来ていたわけで、それでもなおこんなに歓迎されて、きっとまとくんたち嬉しかっただろうなあ。やるならノスタルジアはないだろうと思ってたし(笑)Dance~は予想通りだったけど、まさか関西アイランド歌うとはな?!まさかまた「ほなほな」する日がこんなに早く来るとはな?!しかもメッセで!!!楽しかったけど!!!そして9日前にしそこねたUMEをすることができて無事2018年始めることができました…(泣)

まとくんが出てきてるときは基本的にまとくんを見てたんですけど、けっこう立ち位置が多くて(逆に)しんどかった。特にしんどかったのはパリピポアンセム。ジュニアお決まりの旗を持ってでてくるわけなんですけど、あれまあまあデカいじゃないですか。まあまあ重いと思うんですよ。それなのにまとくんったらブンブン振り回しながらちょっとの隙を見て片手をパッと離してファンサをお見舞いしやがるんですわ!!!なんなのほんと…しんどいよ林真鳥プロ…!それも1回や2回じゃない。ファンを見つけちゃ指を指し、気付いてるよとアイコンタクトを送り、一瞬の隙に投げチューを飛ばし、走りながらしっかりお手振り…私が何かしてもらったわけじゃないのに誰かに向けてファンサしてるところ見てるだけで楽しいし幸せになれる林真鳥はもはや存在がパワースポットか何かなのか。パラチャーは背中からだったんですけどどう見ても目の前の青キンブレ3人と一緒に踊ってたし(ただそのすぐそばに真鳥団扇が2人いたので心苦しかった)、ダンスもずっと全力で、しっかり歌いながら踊るというバックの仕事を全うし、コーナー終わりの挨拶も完璧に決め、マジでプロだった。別になにもされてないけど幸せにしてもらった。ありがとう林真鳥
そういえばリチャが見学に来てたんだけど、後から見た「末澤くんがバクステからすごいファンサしてると思ったらリチャがいた」っていうレポがめちゃくちゃ好き。相変わらず全然ビジネスではないリチャ末isリアル。

 


全体を通して楽しくて楽しくて楽しかった公演でした。…と同時に、やっぱり考えちゃうのってじょうくんのことで。

自分でも気持ち悪いんだけどどうしても「これじょうくんに歌ってほしいな」とか「いつかまいジャニでやるかな」とか思ったり。あの時の松竹座にいた小瀧がセンステの真ん中に立っているのを見て、これがデビューか、と思ったと同時に、こんな景色をじょうくんも見たいのかもしれないと思ってしまったり。「見せてあげたい」とは思わないんです。いや厳密には思ってるのかな。でも「私たちが」「私が連れていく」みたいな気持ちはなくて、もしじょうくんがそれを目標に頑張るなら、その景色には私もいたいし連れて行って欲しいと。一緒に見たいと、そう思いました。そもそもこれが降りたきっかけの気持ちでもあったわけですが。

「デビュー」が次のゴールだとは思わなくなった。だけど、小瀧だけじゃなく他のメンバーも、デビューの前から見ていたからこそ、デビューして少し経った今の彼らの姿を見て、じょうくんにもこんなふうになってほしいなって少なからず思ったわけです。だってみんな楽しそうだったから。松竹座にいたころも、エイトの後ろにいたときも、今のじょうくんたちも、みんな楽しそうだけど、その大きさや種類はきっと比べ物にならないくらい大きくて特別なものなんだろうな。それくらいみんながいきいきした表情で、うらやましかった。うえすとだっておそらく「俺たちはまだまだだ」って思ってて、上を見てて、ギラギラしてるんだろうけど、同じ「ギラギラ」も目指す先が少し上にあるだけであんなに表情って雰囲気って違うんだなって。悲しくないのに、ショックを受けた。「デビュー」の大きさってこんななんだーって。ジュニアの現場もデビュー組の現場も昔から行ってたのに改めてこんなにズシンと感じたのは、今自分がジュニア担だからなのかもしれない。し、加えて同じステージに立ってた人たちが別のステージに立っている姿を初めて目の当たりにしたからかもしれない。いつか何かの形で(それが「デビュー」でなくても)この気持ちが昇華できるときがきたらいいな。

とにかくまずは早いところガッデムをやってください!!!!!!!!!!!!!!(懇願)(切実)(切願)

 


ド新規でほぼ茶の間の関西担の端くれが偉そうに、って感じなんですけど。それくらい、私みたいな底辺オタクがそう思うくらい、ジャニーズWESTがすごくキラキラしていてうらやましかったです。そして、また行きたいって純粋に思いました。エモくなっちゃったけど、本当に本当に楽しかった!!!